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学生からみた授業

高校の政治経済で勉強する経済について

こんにちは。いつも記事をお読み頂きありがとうございます。今回の記事では、高校の政治経済で勉強する経済の事について書かせて頂こうと思います。まず、自分が今現在(2016年度後期、以下同じ)学部で勉強している内容を例にとりながら高校の政治経済の教科書の内容をつつき、その後で高校の学習指導要領のうち政治経済に関する部分に言及します。

 

さて、改めて自分の使っていた教科書(阪上順夫,花輪俊哉,ほか11名『高等学校 改訂版 政治経済』(2014,第一学習社)、以下同じ)の経済の部分を開いて見てみると、その情報量の多さに驚かされます。市場経済の機能、社会主義、時間を通じた経済の動き、財政、国際経済、戦後日本経済の歴史、etc、といったトピックが詰め込まれていて、大学の1学期間ではとても勉強できなさそう(できるのかもしれないが、やりたくはない)に見えます。

『高等学校 改訂版 政治経済』表紙

『高等学校 改訂版 政治経済』表紙

 

これらの記述のうちの一部に照応させてみたい、自分が今現在勉強している内容というのは、大学の方の授業科目名で言うところの経済学史というものです。経済学史の授業では時々「A氏(経済学者)の言ったものとして有名な言説があるが、実はA氏がこのような事を言ったという記録は無い。」といったような事実が強調されます。これについて2つの例、アダム・スミスの「見えざる手」とデヴィッド・リカードの貿易論、を挙げ、それぞれについて高校の教科書ではどうなっているのかを調べます。

 

アダム・スミスの「見えざる手」という言葉には、彼の自著では「神の」という枕詞は付いていない、というのが私が授業で聞いて初めて知った話です。自著というのは、『国富論』の「そしてこのばあいにも、他の多くのばあいと同様に、みえない手に導かれて[...後略]」(アダム・スミス(著),水田洋(監訳),杉山忠平(訳)『国富論〈2〉』(2000,岩波文庫) p.303)という部分を指します。そして、この事については、自分の使っていた教科書を見返すと、ちゃんと「アダム=スミスは,[...中略]神の『見えざる手』によって社会の調和が生まれると説いた。」(『高等学校 改訂版 政治経済』 p.92)というように、「見えざる手」だけに引用符がかかっており、その下に「invisible hand」とのルビが振ってあります。

Adam Smith, 画像出典:"https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%80%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%9F%E3%82%B9"

画像出典:

"https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%80%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%9F%E3%82%B9" 

 

デヴィッド・リカードの貿易論についての例は、「リカードは比較生産費説を明確にモデル化してはおらず、教科書でしばしば目にする明確なモデルはリカード以後に示された」というものです。デヴィッド・リカード(著), 吉田秀夫(訳)『経済学及び課税の諸原理』第三版(1948)( "http://www.aozora.gr.jp/cards/001164/files/43670_18988.html ")の第七章(四七)において註の中で「二名の人」の例を用いて明らかに比較生産費説のアイディアを示していますが、その前の二国間の例では「[...前略]必要とされる穀物の一部分を製造貨物と引換に輸入するであろう。」とあるように、「一部分」という慎重な物言いです。また、同書の第七章(四七)の第七段落では、英国がとりあえずは英国内での比較のみによって輸出入品目を決める、といった記述が有ります。そしてこの点についても、自分の使っていた教科書で「イギリスの経済学者リカード(1772~1823)は,[...中略]国際分業の利益と,[...中略]国際貿易の意義を説明した。これが,後に比較生産費説とよばれるものになった。」(『高等学校 改訂版 政治経済』 p.142)という書き方になっています。

David ricardo, 画像出典:"https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%89"

画像出典:

"https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%89"

 

上のような事は、高校の教科書が綿密に作られているという例を与えてくれます。このように個々の事実等については、大学の経済の授業で勉強するところと高校の教科書に載っているところとで一致を見る事ができます。しかし、むしろ全体的な方針、つまりどんな領域を勉強するのか、という比較についてはどうでしょうか。これは例えば「高校の教科書が日本の経済政策と戦後経済の歴史を専ら扱っている」とかいうことであれば、何らかの傾向が見て取れて比較的容易に結論が出せるのでしょうが、上で述べた通り高校の教科書の経済に関する部分は非常に網羅的に思われます。そこで、高校の政治経済のうち経済の部分について全体的な方針というものを調べるために、学習指導要領を見てみたいと思います。

 

現行の高等学校学習指導要領(文部科学省「高等学校学習指導要領」(2009) "http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/1304427.htm" pp.34-35)では、「政治・経済」のうち「現代の経済」の内容について以下の2点が指摘されています。すなわち(ア)「経済活動の意義,[...中略]について理解させ,現代経済の特質について把握させ,経済活動の在り方と福祉の向上との関連を考察させる」ことと、(イ)「貿易の意義,[...中略]について理解させ,グローバル化が進む国際経済の特質について把握させ,国際経済における日本の役割について考察させる」ことです。冒頭の「理解させ」は(ア)、(イ)ともにトピックの列挙です。

 

さて、後半の「把握させ」の部分についてですが、ここで使われている「特質」という言葉は、私には「(他の経済ではそうでないような、)現代のグローバル化が進む経済の特質」というニュアンスに受け取られます(というのも、そうでなければ他の「性質」「様子」「有様」とかいった中性的な言葉を選べるから)。したがってこの文の背景に、よく言われるところの「今目の前にあるものを唯一視するのではなく相対的な視点でもって見なさい」といったような考えが踏まえられているように思われます。それでいて、文全体ではやはり、他の経済の特質ではなく現代のグローバル化が進む経済の特質が、勉強するべき内容として指定されていることになります。要約すれば、一般的で相対的な視点を踏まえつつ、学習者に関わりの深いであろう現代の経済に重点を置いている、ように見えます。

 

(イ)の最後の「考察させる」の部分は、高校の政治経済で勉強する経済に特徴的と思われます。大学ごとのカリキュラムによって違いはあると思いますが、私は基礎系の科目(「国際経済」、「一般経済史」(→国際経済の歴史を含む)、「マクロ経済学」など)の中で「国際経済における日本の役割」ということを勉強した記憶があまり無いので、これが方針の中で明確に置かれているのは一つの特徴的な部分と言っていいと思います。

 

以上、高校の政治経済で勉強する経済について書かせて頂きました。高校の政治経済で経済を勉強されている/された大学受験生の方が、この比較を通じて、大学の授業で勉強する経済に興味を持って頂けたらたいへん嬉しいです。今回の記事でも長文、乱文にお付き合い頂きありがとうございました。それでは、また。