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渡具知 萌絵

文学部卒業生(2017.4現在)
出身地: 沖縄県

2015/10/28

第2回学食講演会「日比嘉高先生と『いま、大学で何を学ぶべきか』について考えよう。」に参加しました!

 

第2回学食講演会の様子10月28日に南部食堂1階Mei-diningにて行われた、第2回学食講演会「日比嘉高先生と『いま、大学で何を学ぶべきか』について考えよう。」に参加しました。講師の日比先生は名古屋大学大学院文学研究科准教授で、今年5月に『いま、大学で何が起こっているのか』を出版されました。大学改革について関心が高まる中、著書を通して大学問題に一石を投じた日比先生のお話に、学生や教員らが熱心に耳を傾けていました。

ここでは、講演の内容を大きく2つに分けて紹介します。

 

1.大学が変わる-いま起こっていること

①国立大学が3種類に

皆さんは、国立大学が今後3つのグループに分かれることを知っていますか? 文部科学省の発表によると、2016年度から全国に86ある国立大学を「世界最高水準の教育研究」「特定の分野で世界的な教育研究」「地域活性化の中核」の3グループに分類します。従来は規模に応じて割り当てられていた運営費交付金が、グループ内で高い評価を得た大学に手厚く配分されます。大学の特色を明確にし、同じグループ内での競争を促す狙いがあるそうです。

このことについて日比先生は、大学運営を襲う2つの波:「経営化」と「グローバル化」が結びついて、大学の「機能別分化」というかたちで姿を現していると述べました。また「グローバル化」というのは、主に大学の世界ランキングに代表されるものであり、それは限られた評価ポイントで大学の価値を数値化している。このシステムが先端的大学の国際競争だけでなく、大学評価というかたちで高等教育機関に浸透しているため、評価を上げるには留学生の比率や英語で行われる授業の数を増やせばいい、と安易な発想に陥ってしまう弊害を指摘しました。

 
 ②教員養成系、人文社会系学部大学院の廃止転換

文部科学省が6月に、国立大学改革の一環として各大学に通知した文系・教員養成系の学部・大学院の廃止を含む見直し要請は、大きな波紋を呼びました。この通知の前提としては、少子化を背景に教員免許取得を卒業条件としない、いわゆる「ゼロ免課程」の廃止を盛り込んだ「ミッションの再定義」がありました。しかし通知ではその部分が省略されたため、人文学社会系学部までが廃止対象に含まれると解釈されて議論となり、文科省が「人文系切り捨てではない」と釈明する事態になりました。

"文系廃止通知"の波紋は日本国内だけでなく海外にも及び、8月にはウォールストリート・ジャーナル紙アジア版が一面で「日本政府が教養教育を犠牲にして国立大学の見直しを進めている」と報じました。

 

③職業教育のための新高等教育機関

今年6月、政府が高校卒業後の進学先として、実践的な職業教育や技能訓練を行う高等教育機関「職業教育学校」を設置する方針を固めたことが明らかになりました。職業教育学校は新設せず、既存の大学や短大などに転換してもらう考えで、2019年度からの実施を目指しています。

 

日比先生は他にも、広島大学の講義で元慰安婦の証言をもとに構成された韓国のドキュメンタリー映画が上映され、授業内容に不満を持つ学生が産経新聞に投書し、産経新聞は学生の声をもとにこの講義を批判したという事例を取り上げ、「学内外の批判と、大学・学問の委縮」についてお話されました。このように、トラブルが教員や大学を飛び越えて上部へ送られ、社会的問題となることは怖いことである。だがそれ以上に「中間を飛ばす」というあり方が問題であり、この論理構成は政治的メッセージとして過激になりやすく、大多数の人にメッセージとして届かないという点で危険だと仰っていました。

 

    第2回学食講演会の様子②     第2回学食講演会スライド

 

2.大学は何のために社会にあるのか

「大学は何のために社会にあるのか」「学問は何のために社会にあるのか」――。大学進学率が50%を超えた今、何の迷いもなく大学進学を選ぶ人も多いと思います。ですが、学問というのは国民の税金を投入してまで、親がお金を負担してまでやることなのか、今一度考える必要があります。大切なのは、あなたにとって、国にとって、社会にとって、つまり「誰にとって」あるのかということをそれぞれ自分の頭で考え、発言することなのです。

 

ところで皆さんは、「知識人」と聞くとどのようなイメージを持ちますか? 名古屋大学の学術憲章では「勇気ある知識人の育成」を掲げていますが、「知識人」=高尚な人といったようなイメージがあるのではないでしょうか。しかし日比先生は、アメリカの文学研究者E・サイードの著書をもとに、大学で高度な教育を受けた人たち、つまり名大生は「知識人」であると語りました。    

人は社会に出ると、必ず何らかの組織に属して生きていきます。高い専門性を持った人であるほど組織の中に取り込まれ、ただの歯車として生きるだけになり、言いたいことが言えない環境に身を置くことになります。しかし「知識人」である私たちは、その能力を生かす責任があります。私たちが持つ能力というのは、自分を守るために外部から自らを引き離す力、独立する力です。国や組織から距離を置き、直接影響を受けないようにするために、専門家ではなく「アマチュア」であること、「知識人」であることを引き受けるべきです。そして考えること、発言することの責任を全うすべきなのです。

 

 

講師を務めた日比先生少々長くなりましたが、いかがでしたでしょうか。今回の記事で取り上げた問題の詳細は、キーワードを検索すれば簡単に知ることができます。日比先生は講演の冒頭で、大学改革について専門でない人が語ることが重要だと仰っていました。実際、日比先生も専門は大学問題ではなく、主に近現代日本文学・文化、移民文学、出版文化を研究していらっしゃいます。読者の方々がこの記事を通して「いま大学で何が起こっているのか」を知り、自分なりの問題意識を持っていただければ幸いです。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

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