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名古屋大学特別教授  Toshihide Maskawa

益川敏英 博士

1940年 名古屋市生まれ
1958年 名古屋市向陽高校卒業
1967年 名古屋大学大学院理学研究科 博士課程修了(理学博士)
1967年 京都大学理学部助手
1976年 京都大学基礎物理学研究所教授
1990年 京都大学評議員
1995年 京都大学基礎物理学研究所教授
1997年 定年退官(京都大学名誉教授)
2003年 名古屋大学特別教授
2009年 名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構 機構長

  

気配りの坂田

 

坂田さんは独自の素粒子論研究を進める信念の人であるとともに、学生教育のうえでは気配りの人でもありました。坂田さんの教育方針は、学生の自主性を最大限にのばすというもので、学生が萎縮しないよう気を配っていました。そのエピソードが残っています。

 

益川さんが大学院生だった当時、名大周辺では未舗装の道路が多く、靴がよく泥まみれになりました。ある雨上がりの日、益川さんが坂田さんの部屋で議論をしたのち退出しました。しばらくして、議論の続きをするために、益川さんが坂田さんの部屋のドアをノックし、返事を聞く前にドアを開けてしまいました。すると、部屋の中では、坂田さんがモップで泥汚れした床を丁寧に掃除しているところだったのです。

 

「靴の泥を落としてから入室しなさい」と言うと、学生が萎縮して議論にこなくなるかもしれないという配慮が坂田さんにはあったようです。

 

益川、相撲を取ろう!

 

当時の物理学教室の雰囲気はこの一枚の写真によく現れています。既に宇宙物理学(X線天文学)の世界的リーダーであった早川幸男教授が、大学院生の益川さんと相撲をとりました。このとき、相撲で益川さんが健闘したためか、大先生の早川教授が益川さんを肩車した写真が残っています。当時の物理学教室の自由な雰囲気をよく伝える写真です。

 

maskawa2.jpg

 

CP対称性の破れと小林・益川行列

1972年に小林・益川論文が執筆された当時、クォークの存在自体、多くの研究者によって疑問視されており、また、クォークの存在を信用する研究者もu,d,sの3種類のクォークの存在のみを仮定し、4番目のチャームクォーク(c)については、ほんの一握りの先駆的研究者のみがその存在の検討をはじめた状況でした。このような状況のもと、小林誠と益川敏英は、すでに実験によって知られていたCP対称性の破れをくりこみ可能な弱い相互作用の量子力学理論で説明する可能性を検討しました。彼らの結果は驚くべきものでした。仮に、クォークの存在を認めたとしても、4種類しかクォークが存在しない4元模型(u,d,c,s)では、CP対称性の破れが起き得ないことが証明されてしまったのです!弱い相互作用の量子力学的記述では、の変化を記述する複素数パラメータ    導入されます。同様に、, ,  の変化を記述するパラメータが導入され、これらをまとめて行列

  

 

の形で表記します。この行列に含まれる4つのパラメータだけではCP対称性の破れを説明するのに十分ではなかったのです。では、どのようにしてCP対称性の破れを理論的に説明すればよいのでしょうか?小林誠と益川敏英は、クォークの種類が6種類存在する6元模型の検討を行いました。この場合、弱い相互作用の量子力学は

  

 

の9つのパラメータを含む理論となり、CP対称性の破れを説明することが可能となります。小林誠と益川敏英は、CP対称性の破れというわずかな実験的手がかりと透徹した理論的考察により、当時誰も夢想だにしていなかった5番目、6番目のクォークの存在という大きな予言をなしとげたのです。

 

小林・益川理論の9つの行列要素

 

 

小林・益川理論の検証

六種類のクォークとレプトンの発見

1974年の粒子の発見以降、クォークの概念は急速に素粒子物理研究者に受け入れられていきます。 粒子をチャームクォークとその反粒子の束縛状態だと考えることで、このさまざまな性質がとてもきれいに説明できたのです。小林・益川理論から遅れること2年、人々はようやく最初の出発点であるクォーク4元理論を信じ始めました。引き続いて、5番目のレプトンであるタウ(τ) レプトンと、5番目のクォークであるボトムクォークが、1976年と1977年に相次いで発見され、小林・益川理論はようやく脚光を浴びることになります。しかしながら、小林・益川が予言したすべての粒子(6種類のクォークとレプトン)が発見されるまでには、長く待たねばなりませんでした。6番目のクォークであるトップクォークは1995年に発見され、6番目のレプトンであるタウニュートリノの発見が報告されたのは2000年のことでした。

 

B中間子崩壊におけるCPの破れ

三田一郎(名大名誉教授)によって、小林・益川理論がB中間子の崩壊で大きなCP対称性の破れを予言することが示されました。B中間子のさまざまな性質を精密に測定することによって、小林・益川理論に含まれる様々なパラメータを抽出することも可能です。このことは、小林・益川理論を実験的に検証するうえでよい枠組みとなり得ます。この目的のため、ふたつのBファクトリー実験が行われました。ひとつの実験は、日本のつくば市にある高エネルギー加速器研究機構(KEK)で行われ、もう一つの実験は、アメリカのSLAC研究所で行われました。名大の実験グループはKEKの実験に参加しています。KEKの実験で使われた加速器は一日あたり100万を超えるB中間子対を発生させる能力を持っており、発生したB中間子の崩壊はBelle検出器で測定され記録されました。  日本の実験は1999年に測定を開始し、アメリカの実験と競争しつつ、2001年にB中間子での大きなCP対称性の破れを報告しました。現在では、日米のBファクトリー実験によってB中間子崩壊におけるさまざまな量が測定され、小林・益川理論が高い精度で検証されています。

 

 

小林・益川理論の検証を行ったBelle検出器とKEKB加速器

 

 

小林・益川理論パラメータの決定。すべての測定結果が同一のパラメータを指し示しており、小林・益川理論を支持している。

 

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